贈れる時間の尊さ
母の日という祈りと、美命のマグカップ

五月になると、街のあちこちで「母の日」という言葉を目にするようになります。
花屋の店先にはカーネーションが並び、百貨店やお店には「母の日ギフト」の文字が並びます。
けれど、この母の日がどこから来たのかをご存知の方は、意外と多くないかもしれません。
母の日の起源は、20世紀初頭のアメリカにさかのぼります。
アンナ・ジャービスという女性が、亡き母を偲び、教会で白いカーネーションを配ったことが始まりと言われています。
母を大切に思うその気持ちが人々の共感を呼び、やがてアメリカの記念日となりました。
その後、この習慣は世界へ広がり、日本には明治の終わりから大正の頃に伝わったとされています。
戦後になると百貨店などが母の日を広め、今では五月の第二日曜日は、母へ感謝を伝える日としてすっかり定着しました。
とはいえ、日本人はもともと、特別な日でなくても親を敬う心を大切にしてきた民族です。
「孝」という言葉に象徴されるように、親への感謝は、日本人の精神の中に深く根付いてきました。
母の日は、そうした日本人の心とどこか響き合うからこそ、ここまで自然に広がったのかもしれません。
母の日の贈り物が二つになった日
思えば私自身も、若い頃から母の日には小さな贈り物をしてきました。
花を贈ったり、何かちょっとしたものを選んだり。
特別なことではなくても、「ありがとう」の気持ちを伝える日でした。
結婚してからは、そこにもう一人の母が加わりました。
自分の母と、義母。
母の日の贈り物は二つになりました。
どちらにも同じように感謝を伝える。
それが当たり前のこととして、毎年続いていくものだと思っていました。
けれど、時間は少しずつ景色を変えていきます。
やがて母は亡くなり、
いま義母は認知症となり、施設で暮らしています。
もう「母の日の贈り物」をすることはなくなりました。
母の日のたびに贈り物を選び、
今年は何にしようかと考えていた、あの時間は、
いつの間にか遠いものになってしまいました。
贈れる時間は、当たり前ではない
だからこそ、いま思うのです。
母の日という時間は、決して当たり前のものではなかったのだと。
贈り物をすること。
感謝を言葉にすること。
それを受け取ってくれる人がいること。
それは、すべてが揃って初めて成り立つ、かけがえのない時間だったのです。
人はいつも、その時間の中にいるときには、その尊さに気づきません。
あとになって初めて、
あの時間はどれほど大切なものだったのだろうと、静かに思い返すのです。
だからこそ、もし今、母の日に贈り物ができる方がいるのなら、
その時間を大切にしてほしいと思います。
それは単なるプレゼントではなく、
「ありがとう」という気持ちを形にする、ひとつの祈りのようなものだからです。

母の日に向けて作った、美命のマグカップ
そんな思いから、今回、母の日に向けてマグカップを作りました。
美命ではこれまで、マグカップを定番の器として作ることはあまりありませんでした。
けれど最近、「毎日使えるマグはありませんか」というお声をいただくことが増えました。
毎日手にするものだからこそ、
軽くて、丈夫で、そして少しだけ心が嬉しくなる器を。
そう思って形にしたのが、このマグカップです。
描かれているのは、日本で古くから不老長寿の象徴とされてきた「菊」。
菊は、皇室の御紋にも用いられる、日本を象徴する花でもあります。
「いつまでも元気でいてほしい」
そんな願いを込めて、大輪の菊を描きました。
そして、このマグカップにはもうひとつ、小さな祈りを込めています。
器の内側には、その方の生年月日から導かれる守護神を入れています。
目には見えないけれど、人生をそっと守ってくれる存在。
朝のコーヒーやお茶を飲む時間が、
ほんの少し、自分を整える静かな時間になりますように。


器は、日々の祈りを支えるもの
日本の器は、単なる道具ではありません。
食事の時間やお茶の時間を通して、
人の心を整え、暮らしを静かに支える存在です。
日々の暮らしの中で何度も手にする器だからこそ、
そこに込められた思いや願いは、自然と心に寄り添っていきます。
母の日の贈り物として。
あるいは、ご自身のための一客として。
このマグカップが、
誰かを想う時間や、自分をいたわる時間を、
そっと支える存在になれば嬉しく思います。
贈り物ができる時間は、決して永遠ではありません。
だからこそ、いま贈れるその時間を、
どうか大切にしていただけたらと思います。

